2004年4月12日「スーパーテレビ最前線」で放送された、『浜崎あゆみ…光と陰 25歳の絶望と決断』。
浜崎あゆみさんと撮影スタッフ陣との、足かけ五年にわたった取材での収録テープは500本にも及びました。
しかし、取材を進めるにつれて、余りに多忙な彼女の真実の姿を見失ってしまいそうな取材陣と彼女との間には壁が出来てしまいます。
取材は迷走しいたずらに時間だけが過ぎていき、企画そのものがいつ無くなってもおかしくない状況の中、遂に撮影スタッフたちと彼女との間に、不思議な信頼関係が生まれる日がやってくるのです。
それは、彼女とディレクターとの一対一の、五時間にも及ぶロングインタビューのことでした。
その場で、取材陣は 『彼女が仕事以外の顔を見せなかったこと』を、彼女は『あなたたちこそ、きちんと私と向き合わなかった』ことを責め、正面からお互いの思いをぶつけ合ったのでした。
それは、お互いの心に積もった 『長年の誤解』 という雪を溶かしてゆくような、不思議でエキサイティングなインタビューだったといいます。
時には、経済活動体としての企業からの、過酷な要求の話にまで及びました。
世の中を動かすほど巨大な存在となった浜崎あゆみは、もっと強烈で極端な『光と陰』を味わうことになります。
それらの言葉によって、今まで数年をかけて取材スタッフたちが目撃してきた全てのシーンの謎が、次々と解き明かされていくのでした。
まさに、浜崎あゆみさんの言葉そのものが、そのことを示唆しているようでした。
―――『真実はひとつじゃない。真実は受け止める人それぞれが持っている』。
長年の取材に当たった方のコメントが、同番組の公式サイトには、こう記されていました。
「私たちと浜崎あゆみさんは、思いの丈をぶつけ合うことによって、五年間抱いていた誤解を解くことができました。こちらから一歩近づけば、相手も一歩近づいてくる。つまり、両者は二歩近づくことになるのです。それは、親兄弟、友人、同僚 上司 部下……誰に対しても同じだと思います。もし、この番組を見ている方が、誰かとの間に抱いている誤解を、こうして解くことができればいいな……と考えています。そして、様々に曲解された記事などによって、浜崎あゆみという人にゆがんだイメージを抱いている方がいるとすれば、そんな誤解を解くきっかけになれば、とも思います。トップスターである前に、彼女もひとりの人間なんだ……という当たり前のことを。ぜひ知ってほしいのです」 と。
輝かしい栄光の陰で、彼女は途方もない閉塞感と闘わなければならなくなりました。
プライベートな時間がまるで取れず、彼女自身の言葉を借りれば「季節が分からなかった」のだそうです。
常にマンションの入り口に迎えの車が横付けされ、そのままスタジオやコンサートホールの楽屋口まで送られる毎日。
『アユ』のようなスターになる夢を抱いている少女が、世の中にはどれほどいることか………。
誰もが羨む、何不自由ないように見える日々――輝かしい栄光の陰で、彼女はとてつもない閉塞感を味わっていたのです。
子供の頃、周りの大人に「何もできないんだから、何もしなくて良い」と言われ続けて育った。
18歳で歌手デビューした途端に、「周りの大人がドンドン優しくなった」。
しかしそれは、「浜崎あゆみという『商品』に対して言っている」 。
「好きだった人たちまで好きでいられなくなる」というのが、どれほど悲しいことか………。
傷ついた彼女の心の叫び、その言葉が痛々しい。
―――『もう逃れられないなら、引き返す事ができないなら、じゃあ私はここでとことん生きて、人間として生きてやれと思った。もうある意味、その組織と闘ってやれみたいな。自分が属してるはずの組織なのに闘ってやると思った』。
さらに、試練が追い討ちをかけます。
2000年、初のコンサートツアーの第二幕直前に多忙なスケジュールの積み重ね等の理由によって、左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患い、一部公演を延期。
医師からは「すぐ治療にとりかかるべき」と告げられていたが、ツアーを強行、後に、左耳の聴覚が弱くなる後遺症を負ったことを公表しました。
その後も定期健診は受けるものの治療のための休養をとらず、そのため、07年末頃には医師から「治療の術はない」と、左耳の聴覚が完全に失われ治らなくなったことを告白しました。
02年「浜崎あゆみが身障者の少女を罵倒した」という動画付きの噂が流れた暴言騒動(後に言われたとされている少女側のコメントは公になかった)について、雑誌「Free & Easy」とのコラボレーション雑誌『浜崎共和国』で、「自分がデマを撒かれたことよりも、そのデマにファンが迷ったり辛い思いをしたのなら、そのほうがよっぽど辛い」とのコメントを発表。
「何かひとつだけしか出来る時間がないとしたら、友情よりも恋愛よりも、私はファンと繋がる事を選ぶかな」
「ayuに居場所をくれたのはみんな。みんなが耳を傾けてくれた。だからあたしには守るべきものができた。守るべきものがあるあたしは強くなった。これからもみんなのことを守っていくよ。いつも守られてばっかかもしれないけど」
………ファン思いのひたむきな人間像、浜崎あゆみさんの人柄を表している、彼女の心からの言葉ではないでしょうか。
歌姫・浜崎あゆみさんのセルフプロデュースは、衣装・髪型・ネイルアートなど、ありとあらゆる部分に及びます。
そういった部分はご存知の方も多いと思いますが、実は、彼女が本当に気にする部分はそれだけではありません。
巨大なドームでのコンサートとなれば、それを中継・記録するテレビカメラは、40台、50台にもなります。
そのカメラの後ろにいるお客さんが、ステージを見づらくないか……こんな細かいポイントまで、彼女は全て自らチェックするのです。
誰に対しても誠実であろうとする、浜崎あゆみ。
そういった意気込みが伝わるからこそ、あれほど多くのファンに支持されるのでしょう。
以下では、女性のみならず男性も注目し憧れる、浜崎あゆみさんの髪型のアレンジなどをご紹介したいと思います。
「私にとって人生は音楽だし音楽が人生なの。音楽がない、うたえないとなったら死んだも同然よ。私にとっては音楽が全て」
「『人にどう見られているか』ということじゃなくて、大切なのは『どういう自分でいたいか』ということ。おしゃれも生き方も、自分を信じていれば、きっと自分を理解してくれる大切な人、かけがえのない人たちに巡り合えるはず」
―――自分の生き方に確固たるポリシーを持つ歌姫・浜崎あゆみさんの髪型やファッションはいつも注目の的。
髪型はいろいろ変えているけれど、ショートヘアが一番似合っているのではないでしょうか♪
ロングの金髪も捨て難いですが、ショートのほうが、あゆの魅力をより引き出してる感じがします。
浜崎あゆみさんは金髪のイメージがあるから、黒髪にして街を歩いても誰にも気付かれないそうです。
雑誌に載っている感じだとパーマに見えますが、実際はヘアカーラーなどでセットしているのかも知れませんね。
パーマで出す質感もさることながら、スタイリングで醸し出す雰囲気も大切。「これはパーマよりカーラーを使ったほうがいいですか?」と美容師さんに相談してみてはいかがでしょう。
浜崎あゆみさんのカラーリングや髪型はおしゃれなので、注目する男性も少なくないようです。
襟足を内側だけ黒くしてるのも、おしゃれですね♪
最後に、浜崎あゆみさんの名言を紹介します。
今を生きる人々への愛に満ちたメッセージを、聴いてください。
「私は守りたいものを出来る限り全力で守りたい。ただ、それだけ。守りたいものがあるから、そういう人たちに巡り会えたから今、私は凄く強い。昔は誰も信じてなかったから凄く弱かった。だけど、勘違いしてて、私はひとりぼっちだから強いんだと思ってた。でも……それは逆だった」
「本当に居場所がない時って、自分が居場所がないなんて気付かないんだよね。『居場所がなかった。見つからなかった』そう歌った事で皮肉にも『居場所がない』っていう居場所を手に入れたんだよね。あゆの歌はそんな人間の弱さだったりを歌ってるんだけど。あゆの歌を聴いてくれる皆に居場所がないって思えるうちはちゃんと居場所があるんだって事に気づいてもらいたい」
「死にたい程悩んでるそのことは、いつか笑える日がくる。それは絶対マチガイない。だから諦めないでほしいし、負けないでほしい。先が何も見えない人にもいつか何か見えてくると思うの。何も見えないままって事はないと思うんだよね。もちろん、見ようとしなきゃダメ。見つけようと努力があっての話」
「嫌な事があると全部いいって投げ出したくなる時があるでしょ。でもしばらくすると、やっぱり生きていこうとしてる自分がいる。なぜなんだろうって考えた事があった。一体何に希望を抱いているんだろうって思ってた時に、あぁ自分じゃない誰か、つまり人間という存在そのものが希望なんだと思った」